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菩提寺へ

さて、法事で実家の菩提寺に行った。

結婚してからは、夫のお寺さんとかの付き合いが始まり、すっかり久しぶりの事なんだが。

夫の実家は、九州祖父と青森祖母が関東で出会って家族を作ったのが始まりだと聞いていた。
その二人はもう墓に入っているのだが、墓も新しい所で、初めてその墓地に訪れた時は、引かれた線が区画だと分かる売り出したばかりの、空き地にしか見えなかった。広告で良く見る、墓のチラシの現物を見れた事にあぁ、あれがこれかと納得した。
その内に、墓石の建ち並ぶ墓地へと変貌していく様は、墓地とは、こうして出来ていくのだな、と思わせてくれた出来事だった。

菩提寺は…
菩提寺も、その時からのお付き合いが始まったのだろう、新しい寺、なんだろうか。
町中の少し大きめな一軒家の引き戸を開ければ、まるで自治会の集会所のような本堂に、ご本尊があった。
仏具も大きく新しく見える。住職も40代だろうか。「坊さんは爺さん」の偏見と言うか固定観念を持つ私には随分と若造に見えた。

実家は、真言宗だった為に。婚家の浄土真宗のお経のや鐘や木魚のリズムにすら違和感があったが、
まぁ、そろそろ10年は、そことのお付き合いはある。もう慣れたが。


そして、久しぶりの実家の法事。

馴染みのお寺…と言うにも、実は10年以上来ていなかった。祖母がなくなっての七回忌以来。
あの頃はまだ20代だったから…
正確な年月は考えたく無いから数えないが、それくらいに久しぶりだった。

私は全くの、不信心な不義理者だったし、嫁いでしまってから、子供時代からの延長に無責任でいられたし、そもそもそも墓も、寺も興味がなかったが。

久しぶり訪れた寺は、子供時代の思い出と共にあった。都内の町中のにあるその寺は、駅から遠く、必ずタクシーを使ったこと。
下町らしい工場のあるその町の、細く一方通行の多い行きづらい場所にあったこと。

細い道の曲がり角を何度も曲がり、何度目かに大きな門が急に顔を出す。その門から木が並ぶのが見えた。
町中の、小さい寺だが、狭い境内に墓地もあり、その墓地の檀家の半分は、実家と同じ名前の墓ばかりだった。墓は、御影石は少なく、苔むし棹石や、掘った文字が読めなくる程汚れた墓石も多かった。

どれもこれも、「あぁ、そういえば」と思い出す事ばかりだった。

しかし、境内の木には全く覚えていない。
門から本堂に向かう短い道やには、きっと私が来なかった間にも、その背を伸ばした木々が美しかった。

シェロの木と杉があるのは分かったが、他の名前の分からないものも沢山あった。
しかし、楓もあった。まだ緑だったが。

もう、後、二週間もすれば色づくのかもしれない楓がそこにあるのを見て、現金にも、もっと頻繁に墓参りをしようかと思う不信心な不心得者。
わざわざ他県迄足を運ばずとも、と。